今までの沖縄には無い
沖縄県産の完熟マンゴーやパイナップルを
たっぷり使った高級な新しいお菓子、
ココボート。
ココボートを誕生させるため
自分が迷った時にいろんな方にたすけてもらい
こんな味が良いんじゃないとか、それは違うでしょ等
たくさんの助言をいただきました。
出会いによって自分の人生が変わるんですね!
本当に感謝です!
たくさんの出会いを通して進化し、
「沖縄にココボートあり!」
を目指して日々がんばっていきます。

それは、1本の電話から始まった。
「おい!早く帰って来んかい、沖縄に!」
珍品堂の創業者である(私の父)からの電話でした。
それは私が上京して8年後の暑い夏の夜でした。
その頃は生まれ育った沖縄の魅力を感じることも無く、新社会人として
18歳で憧れの東京に出てきて初めての一人暮らしを体験し
夢のような生活を送っていた私にとって沖縄に戻ると言う考えはまったく無く
田舎の生活よりは都会の生活が魅力的でした。
なので父からの電話はすぐに断るつもりでした。
しかし、私の父は世間で言うそう 頑固親父 なのです。
毎晩のように
「いつ帰ってくるのか」
「おまえは親の気持ちが分かっていない!」
などと電話口で叫んでおり、その電話でのやりとりは1年以上も続きました。
そんなある日、突然創業者の妻(私の母)からの電話があり
「珍品堂の創業37年の歴史は凄いよ、一代で終わるのはもったいないけどね。
でもおまえの人生だから好きなようにしたらいいよ」
とつぶやいたのです。
私も父ゆずりの・・・そう、頑固息子だった事に気付き、反省したと同時に
父の創業37年の歴史の重みと長男と言う宿命を感じた時でした。
今でもはっきりと覚えているのですが、その母の電話で沖縄に帰る決心をしたのです。
その時27歳の秋でした。
沖縄に戻り家業を一緒に手伝うことになったのですが、
その頃の珍品堂はちんすこうをメインに販売しておりました。
ちんすこうとはどんなお菓子かと申しますと
沖縄を代表する銘菓で大変歴史のあるお菓子です。
ひと口で言えばオキナワンクッキーです。
詳しい文献は残っておらずはっきりとは言えないのですが、2つの説があります。
ちんは「珍」、すこうは「お菓子」と言う意味で、「大変珍しい貴重なお菓子」
ちんは「金」、すこうは「お菓子」と言う意味で、「とても高価なお菓子」
そもそもちんすこうは琉球王朝の貴族だけが食べることの出来た宮廷菓子。
どちらにしても貴重だったという事です。
ちんすこうのベースとなったのは祝事用中国風蒸しカステラ「チールンコウ」
と言われております。
その「チールンコウ」を今のちんすこうのスタイルに変えたのが、
明治41年、それまで蒸していたものを試しにレンガ釜で
焼いてみたのが始まりと言われております。
そんなちんすこうを自分が販売するなんて凄いことなんだな~と
いつしか誇りに思うようになって行きました。
そんな歴史のあるちんすこうを私は額に汗して必死に販売していました。
しかし、私の中で重大な事件が起きました。それは何かといいますと
「沖縄の人でちんすこうを食べたことがないという人がたくさんいる!」
という事実でした。
沖縄を代表するお菓子なのに食べた事がない人がいるなんて・・・
これはいけない、昔のまま変わらずにやっているといずれ
無くなっていく可能性がある。
そう考えた私は、沖縄の人に食べてもらう為自分で製造することを
決意しました。
私が目指した「ちんすこう」はラードを抑え目に味があっさりしている
食感を粉っぽくせずサクッとさせる、見た目を良くする
この3つをとりあえずクリアする事でした。
それをコンビニエンスで販売してもらう、そうする事で子供たちが
ちんすこうを食べて、その残りをお母さんが食べる、地道な作業ではありますが
確実に広まっていくだろうと考えました。
5年がかりにはなりましたが、それをやっていき、順調に商品も売れ始め
新工場にも移転したのでした。
が、しか~し!
私の心を揺るがす衝撃的な出会いがありました。
それはある日友人の紹介で県外に住む女性との会話の中で起こりました。
話が弾む中で一言、
「沖縄のお菓子ってこれだって言うものが無いよね!!」
な・なんだと~?!
一瞬何がなんだか分からなくなってしまったのですが、
少し落ち着いて冷静になってみると
「そうなのか沖縄に来た人にとって美味しいお菓子が少ないのか!」
珍品堂がやらなくてはならない使命がはっきり見えた瞬間でもありました。
沖縄にはすばらしい素材がたくさんあり、ゴーヤーやウコン、黒糖など
いろいろ試したりしたのですが素材の持つ苦味やくせが
お菓子に合いませんでした。
いろいろ試行錯誤を重ねた結果、それをフルーツに変えたとたん
チョコレートやタルトが名脇役に変わり、フルーツがド~ンと
前面に押し出された美味しいスイーツになったのです。
マンゴーの美味しさやパインの素晴らしさ等、それらを
どうお菓子に表現すると最高なのか、とにかく追求していきました。
今から考えますと夢に向かって楽しい時ではありましたが、苦しい事の連続でした。
クリームが果実そのものの味が出ていない事への不満や当初食べた後の食感が
しっとりせずパサついた事やチョコレートが甘すぎる事への問題など
いろいろな試行錯誤を繰り返しながら、ようやく本当に沖縄が感じられる
お菓子が出来上がりました。
ココボートを作ったら次は違う商品に取り組んでいくのではなく
1つの商品(ココボート)に
とことん取り組んで追求していく事
が私たちのスタイルです。
お菓子にしても料理にしても一緒ですが、これで完成というものは無いと
私たちは考えております。
そして、ココボート・パイン味とマンゴー味が出来上がるまでに
なんと2年の月日が過ぎておりました。
浦島太郎ではないのですが、今から振り返るとアッという間の出来事だった様に思います。
ココボートは私たちの夢でもありますし、沖縄の希望でもあると確信しております。
何故ならここまで沖縄のフルーツにこだわり、かつ今までには無かった
完熟パインや完熟マンゴーをそのままチョコレートでコーティングしたお菓子
それをぜひ皆様に味わっていただきたいのです!
私たち珍品堂は沖縄にこだわった、食べて頂いた方が
「沖縄って最高~!」
と言って頂けるお菓子作りを目指してこれからも進化し続けます。
あの沖縄の暑い太陽の下はるか遠くを見わたせば青~い海が広がる
そんな畑の中で麦藁帽子をかぶり手ぬぐいを肩にまいた
おじさんとおばさんが汗を拭きながら一生懸命作業をしています。
(この光景を見たとき自然と目に熱い涙がこみ上げてきました)
そんな畑から漂ってくる完熟パインの甘酸っぱ~い香りや、真っ赤に熟れたまるで
赤い宝石のような鮮やかな彩りのマンゴー等を感じていると、
「あ~、なんて沖縄って素晴らしいんだろう」
「作られた緑では無い本当の自然の中に自分がいる、この体感を
多くの皆様に感じてもらえたら喜ぶだろうなぁ~!!」
食べた方が
「沖縄を感じてもらいそれを喜びに変えたい」
ココボートを通じて私たちがやりたい事がここにありました。
これからあなた様のお口に届き、さまざまなご意見を頂くことで
さらに喜ばれるお菓子へと成長していきたいと、心から思っております。
まずは、私たちが目指したココボートを一度でもご堪能して頂ければ幸いです。
